仏像、ときどきワンダー観光

おもに仏像のこと。不思議スポットやふつうの観光の話もたまにします

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私が仏像にハマる10の理由

正直、仏像とか全然興味なかった

お寺に行くと「落ち着くなあ」とは思うものの、正直、仏像には興味がありませんでした。

なんだかどのお像も黒ずんでいるように見えるし、怖い顔のお像もあるし、種類もたくさんあるっぽいけど違いがわからないし……。

ですが、奈良旅行で仏像の魅力に目覚めて以来、ずっと仏像にハマっております。
なぜそんなにも魅了されているのか、改めて理由を考えていきます。

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私が仏像にハマる理由

① どんな種類の仏さまか、見分けがつき始めると面白い

仏像がたくさん並んでいる

千手観音と28部衆(東京国立博物館『仁和寺展』にて撮影)


わからないなりにいろんなお像を観ていると、だんだん見分けがつくようになってきます。
「あ、これは〇〇観音だ」
「いや、〇〇観音だと思ったけど、名前が違う……別の種類もあるんだ!」とか。

この「わかった」感覚や、「新しい発見」の感じが、知的好奇心を刺激するのでしょうか、なんか楽しいです。

クイズ番組を見ていて、難しい問題にもピンとひらめいた感覚に近いかな、と思います。

(参考記事)

shishi-report-2.hatenablog.com

 

② 自分を映し出す鏡になってくれる

奈良の大仏

東大寺 毘盧遮那仏

 

仏像の前に立ち、目を合わせると、「うわ、全部見透かされている」と思うことがあります。

私は別に、熱心な仏教徒というわけでもありません。
それでも自然と「仏さまの前でウソついたり見栄はっても仕方ないよな」というような気持ちになるんです。
鎧を脱いでしまうというか。

すると、心の奥のほうから、ポコッと「本心」が浮かび上がってきたりします。

「あれ??? 私、本当は〇〇と思っていたんだ!」とか。
「本当は□□がやりたかったんだ!」とか。

仏像を通して、本来の自分の姿があらわになるような感じです。

もちろん、見たくないような、見るのが怖いような気持ちになることもあります。
でも、一旦目を逸らしたとても、別のお像の前で(心の)身ぐるみはがされることになるんですよね。

といわけで、私にとって仏像は、自分に素直になるための鏡、でもあるかなと思います。

③ 何度も見ていると「友人・知人」っぽくなってくる(親近感がわく)

大和の古寺〈1〉中宮寺・法輪寺・法起寺

行きつけのお寺や、博物館(年パス持ちです)に通っていて気づきました。
同じお像に何度も会っていると、だんだん知人めいてくることを!

お顔を知っている仏像に会うと、
「あっ、師匠、こんにちは~、お会いするのは三度目ですね!」
などとつい心の中で思ってしまいます。

そして「もしこのお像がしゃべったとしたら……」と想像してしまいます。
(※これは私が子どものころぬいぐるみとよく遊んでいたこととも関係していると思うので、ちょっと変わっている癖なのかもしれません)

このお像はあごがガッシリしているからこんな声じゃないかな、とか。
表情が優美で穏やかすぎるから悩み相談したら優しく傾聴してくれそう、とか。
怖い表情をしているけど、裏では優しそうな気がする、とか。

そうやって、(心の中で)勝手に声をかけているうちに、仏像が「ちょっとした知人」みたいになってきます。

見慣れた仏像がテレビに映ったりすると、まるで知人がテレビに映ったような錯覚に陥り、ちょっと嬉しくなります。

④ 孤独が和らぐ

不動明王(東京国立博物館にて撮影)

 

③とも関連するのですが、コロナ禍で人に会えなかった時期、見慣れた仏像に会いにいく(※)と、心底ホッとしました。

久々に近所の人とちょこっと立ち話しでもしたような感覚になって、「ぜんぜん孤独じゃない」と思えたんです。

(※密を避けるため、お堂の外から思いを馳せるだけのこともありましたが、それでも孤独が和らぎました)

仏像は、人間と違って、いつもそこに居てくれます。
相手のコンディションを慮ったり、「こんな悩みを相談したら重いかな」なんて考える必要もありません。
毎日押しかけても迷惑になりません。

気を遣ってしまって人間関係が疲れるタイプの方は、顔見知り仏像に思いを吐露するの、おすすめです

実際には、仏像がしゃべるわけではないので、何かが劇的に変わるわけではないかもしれません。

でも、悩み事の答えは、だいたい自分が知っています。


⑤ 昔の人が未来に託した願いを実感する

千手観音像

東大寺ミュージアム(看板を撮影、キャプションは当記事執筆者が追記しました)


仏像がつくられた背景や、仏像が手に持っているグッズを調べていくと、そこには過去の人々の切なる願いにたどり着きます。

・流行り病がおさまりますように
・暑さ寒さをしのげますように
・獣に襲われませんように
・農作物が実って食べ物に困りませんように
などなど。

それらの願いは、現代では、ほとんど心配しなくていい状態になりました(コロナ禍は少々イレギュラーでしたが)。

かつての人々が「この問題をなんとかしよう」と努力してきた結果、今の便利な暮らしがあるのだなあ、と実感せずにはおれません。

不況だとか、暗くなるニュースもあるけれど、それでもなお、昔から比べたらずっと安全で便利に暮らせるようになったのだ、と素直に思い、ありがたいと感じることができます。

(参考記事)

shishi-report-2.hatenablog.com

 

⑥ つくった人(仏師)と対話しているような気がする

運慶への招待


仏像をじっくり見ていると、細かいところにも発見があります。

「元からあった木目を衣文の模様に見えるように生かしているんだ」とか。
「ここに線が入っているから、背中にくるようにしたのだろう」とか。

そんなとき、作った人(仏師)と対話しているような気がしてきます。
勝手な想像ではありますが「そうそう、よくぞ気づいてくれた」と仏師が言ってくれそうな気がするのです。

古いお像であれば1000年以上も前に生きた人と、仏像を通して対話していることになる。
これはなかなかグッとくるというか、ロマンを感じてしまいます。

私は仏像彫刻をちょっとだけ習ったことがあるので、余計に仏師の想いを想像してしまうかもしれません。

⑦ 仏像を守ってきた人々(僧侶や、仏像に手を合わせてきた人々)のことも想う

やんわり点灯する 造花 の 仏花 ロータス~蓮はな~ (一対) 虹色



古いお像を拝見するとき、経てきた時間の長さを思わずにはいられません。

火事のとき、僧侶の方たちが、「自分の身に代えてでも」という気持ちで必死に運び出したんだろうな、とか。
(実際、南都焼き討ちのとき、興福寺のお像は運び出されて、向かいの猿沢池に沈められた、というエピソードを目にしたことがあります)。

毎日お供えものを持ってきたり、手を合わせ続けた人がいたのだろうな、とか。
(道端のお地蔵さんの前掛けが定期的に変わっていたりすると、気持ちが温かくなるあの感じに似ています)
もちろん、仏像の修復に関わった方の想いも込められています。

たくさんの人々の気持ちが、仏像のオーラというか、雰囲気の一部を形成しているのだろうな、と思います。

そう思うと、仏像はただの物質ではなく、そこに「人」が介在するのだ、と思うのです。

⑧ 美術作品としての一面もある

企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり


仏像の魅力は、造形の美しさだけでは決まらないと思っています。
上で述べたように、つくられた背景、人々の願いがこもっているからです。

その一方で、単純に美術作品として見た場合でも、価値が高いお像というのもあります。
いわゆる天才仏師と呼ばれる人たちの作品が代表例でしょうか。

やっぱり、歴史や美術の教科書にも載るくらいなので、運慶・快慶のお像の巧さには驚かされます。
対象が仏像でなかったとしても「なにこれ巧っ!」となるような、驚きがあります。

どんな分野でも、あまりに卓越していると、見入ってしまうものですよね。
(興味のないスポーツでも、実際観戦に行くと、アスリートの動きに目が釘づけになってしまうあの感じです)

一流のものを見ると、心が動いて、自分も頑張ろうという気持ちになります。

⑨ 歴史にも興味が出てくる

講談社 学習まんが 日本の歴史(3) 仏教の時代


学生時代、歴史の授業は嫌いではなかったですが、特に深い興味があるわけでもありませんでした。テスト前に重要語を覚えるくらいのもの。

でも、いろんなお寺や仏像を訪ねたり、拝観記事を書いていると、どうしても歴史が付属してきます。
日本の歴史って、仏教とは切り離せないんですよね。

最初は「歴史あんまり知らんのよな」と思いつつ(今もそう)でしたが、少しだけ理解が深まってきました。

今から高校の教科書読み直したらけっこう楽しいかも、なんて思っています。
年齢を重ねることで、わかるようになる趣味もあるから、人間っておもしろいなと思います。

⑩ 旅行の楽しさが倍増する

イラストガイド 京都・奈良のお寺で仏像に会いましょう 改訂版


いろいろ書きましたが、仏像参拝で旅行の楽しさ倍増、これが一番の(直接的な)メリットかもしれません。

有名観光地でも、ひととおりの観光スポットを回ってしまうと、「あのエリアはもうほとんど見たな」という感じで、見るものがなくなってきますよね。

でも、「このお寺の、このお像に会いたい!」というのがあると、行きたい場所が増えまくります。

もちろん最初は有名どころからでOK。
次第に小さなお寺にも魅力的な仏像がいることに気づいてしまうのです。

特に、お寺の多い、奈良や京都は「行っても行ってもまだ観たいところがある」という感じになって、未来を楽しみに思えるようになります。

秘仏の場合、年一日の開扉日に合わせたりする必要があるので、諸々を調整する感じもまた楽しいものです。

ただし、一緒に行く人が仏像への興味が皆無だとお互いに辛いので、趣味のあう人を誘うか、一人旅がおすすめではあります。

私は仏像じっくり観たい派なので、ここ数年はもっぱら一人旅です。

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おわりに

私は仏像に興味を持ってから、人生の幅が明らかに広がりました。

行きたい場所が増えて、それまで躊躇していた一人旅もじゃんじゃん行くようになりました(現在はコロナ禍で控えていますが)。

精神的な孤独をずっと抱えていましたが、これまでに会ってきた仏像たちが、私を応援してくれているような気がして、孤独が和らぎました。

まだまだ仏像に会う旅は続きそうです。

はてなブログ10周年特別お題「私が◯◯にハマる10の理由

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